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仙台地方裁判所 昭和52年(ワ)165号 判決

原告

松野ヨシ子

ほか一名

被告

高橋祐二

ほか五名

主文

一  被告高橋祐二は、原告松野ヨシ子に対し金一九八一万二五四四円、原告松野今朝男に対し金二一八万円、及びこれらに対する昭和五一年八月一六日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告らに生じた費用の四分の一と被告高橋祐二に生じた費用を被告高橋祐二の負担とし、被告大正海上火災保険株式会社に生じた費用を原告松野ヨシ子の負担とし、原告らに生じたその余の費用と、被告高橋たけ、同高橋一洋、同高橋修三、同高橋麻子に生じた費用を原告らの負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告高橋祐二は、原告松野ヨシ子に対し金二六六二万円、原告松野今朝男に対し金三三八万円、及びこれらに対する昭和五一年八月一六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告高橋たけは、原告松野ヨシ子に対し金八八七万三三三三円、原告松野今朝男に対し金一一二万六六六六円、及びこれらに対する昭和五一年八月一六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

3  被告高橋一洋、同高橋修三、同高橋麻子は各々、原告松野ヨシ子に対し金四四三万六六六六円、原告松野今朝男に対し金五六万三三三三円及びこれらに対する昭和五一年八月一六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

4  被告大正海上火災保険株式会社は原告松野ヨシ子に対し、金一五〇〇万円及びこれに対する昭和五一年一一月九日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

5  訴訟費用は被告らの負担とする。

6  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  被告高橋祐二、同高橋たけ、同高橋一洋、同高橋修三、同高橋麻子(以下被告高橋らという。)

(一) 原告らの請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

2  被告大正海上火災保険株式会社(以下被告大正海上という。)

(一) 原告松野ヨシ子の被告大正海上に対する請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告松野ヨシ子の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

普通乗用自動車(宮五み九八五五)(以下事故車という。)につき次の交通事故が発生し(以下本件事故という。)、その結果、訴外松野潔(以下亡潔という。)は膀胱破裂、骨盤骨折等の傷害を負い、よつて昭和五一年八月一六日死亡し、また事故車は使用不能となつた。

(一) 事故日時 昭和五一年六月二八日午前零時二五分頃

(二) 事故場所 宮城県白石市福岡深谷字土手下地内国道四号線上(以下本件事故現場という。)

(三) 被害者 亡潔(事故車に同乗中)

(四) 事故の態様 被告高橋祐二(以下被告祐二という。)は、事故車を運転して制限時速四〇キロメートルの本件事故現場付近を時速一〇〇キロメートルの高速度で進行したため、運転操作を誤つて右道路上を蛇行させて、事故車を橋の欄干に激突させた。

2  被告祐二の責任原因

被告祐二は事故車を自己のため運行の用に供していた。

仮にそうでないとしても、被告祐二は前記1(四)の過失によつて本件事故を惹起した。

3  亡高橋博の責任原因

(一) 亡高橋博は被告祐二の父親であるが、同被告は本件事故当時年齢一九歳の未成年者であつたから、同被告を監督すべき義務があつた。

被告祐二は、父親博の農業の手伝をして経済的にこれに従属しており、本件事故時までに放火や窃盗の犯歴があつたのだから、亡博は親権者として十分な監督をなすべきところ、被告祐二が普通乗用車の免許証を取得するのを放任し、免許を取得してからは、自転車を運転する機会があるのを十分に予見し得たにもかかわらず、安全運転の注意を与えることなく放任した。

よつて博は、被告祐二が惹起した本件事故につき民法七〇九条により責任を負う。

(二) 亡博は昭和五四年三月二一日死亡し、同人の妻である被告高橋たけが三分の一、子の被告高橋一洋、同高橋祐二、同高橋修三、同高橋麻子が各々六分の一の割合で亡博の損害賠償債務を相続し、被告祐二を除くその余の四名が亡博の訴訟上の地位を承継した。

4  被告大正海上について

(一) 原告松野今朝男(以下原告今朝男という。)は事故車の所有者であるが、被告大正海上と左記自動車損害賠償責任保険契約を締結していた。

(1) 保険の目的 事故車

(2) 保険期間 昭和五〇年三月一二日から同五二年三月一二日迄

(3) 保険金額 死亡損害につき一五〇〇万円

(二) 原告今朝男は亡潔が事故車を自ら使用しもしくは友人に運転させることを黙認していたのであり、被告祐二は、同原告から事故車を借り受け(もしくは転借し)て運転し本件事故時の運行を支配していたのであつて、事故車の運行供用者であつた。

即ち、本件事故は被告祐二、亡潔ら計五名の友人同士が飲酒後食事に行く途中の事故であり、当時の事故車の運行は右仲間全員の意思に基づく共同の目的、共同の利益のためであり(被告祐二にも運行利益があつた。)、また被告祐二は、運転免許を取つたばかりで運転してみたかつたこともあつて事故車を運転し、同乗者から運転が下手だとからかわれると自己の技倆を見せびらかすため腹いせに速度を上げる等、主従関係のない友人同士間で、誰からも拘束されずに事故車を運転していたから、事故車を自己のため運行の用に供していた。

(三) 仮にそうでないとしても、原告今朝男が事故車を所有し運行の用に供していた。

(四) 従つて、被告祐二若しくは原告今朝男が、事故車の保有者であり、原告松野ヨシ子に対する損害賠償(亡潔から相続したものも含む)の責任があるから、同原告は、自動車損害賠償保障法(以下自賠法という。)一六条に基づき、被告大正海上に保険金を請求する。

5  損害

(一) 原告松野ヨシ子(以下原告ヨシ子という。)の損害

(1) 亡潔の逸失利益

(イ) 亡潔は本件事故当時一九歳の健康な男子であり、明治ケンコーハム株式会社東北工場に工員として働いていた。右会社の停年である五五歳までの三六年間の、一ケ月当りの給与、年間の夏季及び冬季の賞与は別表A、B、C欄記載のとおりであり、これらの年毎の合計は別表D欄記載のとおりである。生活費を二分の一として、三六年間の逸失利益をホフマン式(年毎式)によりその現価総額を計算すると金二九六二万〇八〇六円である。

(ロ) 亡潔の法定相続人は、母である原告ヨシ子及び父である原告今朝男であるが、原告今朝男は、仙台家庭裁判所大河原支部において相続放棄の申述をし、昭和五一年一〇月一九日右申述が受理された。

(2) 治療費

亡潔は本件事故後、直ちに大泉医院に入院し、更に東北大学医学部付属病院に入院し、その入院治療費として原告ヨシ子は、大泉医院に対しては金九万六一〇〇円、東北大学医学部付属病院に対しては金四〇〇〇円をそれぞれ負担支出した。

(3) 葬儀費用

原告ヨシ子は、亡潔の親権者として、同人の死亡により葬儀費金八〇万八二二〇円を負担支出したが、右の内金三〇万円を損害として請求する。

(4) 慰藉料

原告ヨシ子は、長男である亡潔の死亡により多大の精神的打撃を受けたので、慰藉料として金三〇〇万円を請求する。

よつて、原告ヨシ子は右合計金三三〇二万〇九〇六円の損害賠償請求権を有する。

(二) 原告今朝男の損害

(1) 慰藉料

原告今朝男は、長男である亡潔の死亡により多大の精神的打撃を受けたので、慰藉料として金三〇〇万円を請求する。

(2) 物損

原告今朝男は、本件事故によりその所有する事故車が大破し修理不能となつたが、その損害は金三八万円である。

6  よつて原告らは、それぞれ、被告高橋らに対し、本件事故による損害賠償金(原告ヨシ子については内金として)及びこれに対する亡潔死亡の日である昭和五一年八月一六日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金として請求の趣旨記載の金員の支払を、原告ヨシ子は被告大正海上に対し、右損害賠償金のうち自動車損害賠償責任保険金一五〇〇万円及びこれに対する右保険金を請求した日の翌日である昭和五一年一一月九日から完済まで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を、それぞれ求める。

二  請求原因に対する被告高橋らの答弁

1  請求原因1のうち事故車が時速一〇〇キロメートルで走行していたこと、事故車が走行不可能な程大破したことは否認し、その余の事実は認める。

2  同2のうち被告祐二に過失があつたことは争う。

3  同3の(一)のうち亡高橋博と被告祐二の父子関係、被告祐二が本件事故当時年齢一九歳の未成年者であつたことは認め、その余の事実は否認する。被告祐二は、中学卒業後職業についており、職業的自覚に基づいて運転免許を取得したのであつて、免許証の取得自体は親権者としての監督義務の範囲外に属する。

また免許証取得後は、亡博が、被告祐二の母である被告高橋たけとともに、再三安全運転について注意を与え、特に夜間の外出は厳しく注意しており、本件事故当日も外出しないように注意した。

同3の(二)は、亡博が原告主張の日に死亡し同人の権利義務を原告主張の者らがその主張の割合をもつて相続取得したことは認める。

4  同5の事実は争う。

三  請求原因に対する被告大正海上の答弁

1  請求原因1のうち、原告主張の日時・場所において被告祐二運転の事故車が本件事故現場附近の橋の欄干に激突し、同乗中の亡潔が傷害を受けたこと、原告主張の時期に亡潔が死亡したことは認めるが、亡潔の受傷の部位、程度、死亡原因は知らない。

2  同4のうち(一)の事実は認め、(二)、(三)の事実は否認する。原告今朝男は、事故車の登録名義上の所有者ではあつたが、日常使用していなかつたのであつて、実際は同人が亡潔に買い与えたもので、保有者ではなかつた。

原告今朝男が、本件事故前、事故車を被告祐二に貸与したことはない。また被告祐二は、事故車の運転者であつて、運行供用者ではない。即ち、被告祐二が事故車を運転したのは、距離的にも時間的にもわずかであり、またその運行は、「道産子ラーメン」を皆で食べに行くという同乗者全員の共通目的を実現するためであり、亡潔は、運転を監視し、指示を与えうる位置である助手席に同乗していたのであつて、被告祐二と亡潔は事故車を遊興の目的で共同使用していた。

3  同5の事実は争う。

4  同6のうち、附帯請求の利率は争う。

原告らは附帯請求たる遅延損害金を商事法定利率によつているが、自賠法一六条一項の請求権は、同法によつて特に創設された特殊の法定請求権であつて、保険契約に基づいて発生するものではないから、商行為によつて生じた債権ではなく、右法定請求権が態様を変じたにすぎない遅延損害金を商事法定利率によりうべき根拠はない。

四  被告高橋らの主張

亡潔は、被告祐二とともに飲酒後、同被告に運転を委ね、更に共に飲酒した者の一員は、同被告に対し挑発的な言辞を弄して感情を昻ぶらせるなど、本件事故発生の誘因を作つており、事故の発生について過失があつたから、少なくとも四〇パーセント以上の過失相殺がされるべきである。

五  被告大正海上の主張

1(一)  事故車の日常の運行態様

登録名義上は原告今朝男が事故車の所有者であつたが、いつも亡潔が事故車を運転し、原告今朝男は使用しておらず、また亡潔が改装改造をなしていたのであつて、実際は原告今朝男が亡潔に買い与えたものであつた。

(二)  本件事故時の具体的運行態様

亡潔は、本件事故の二日前から、原告今朝男に無断で事故車を運転して外出し、両親に行先居場所等の連絡すらしないで外泊しつつ、事故車を使用して友人らと遊興していた。

本件事故当時、亡潔は、事故車を友人らと遊興の目的で共同使用していた途中であつて、運転も交替で行なつており、被告祐二は、たまたま本件事故時に運転を担当していたにすぎない。

2  右1(二)の事実からすれば、本件事故当時、原告今朝男の運行支配・運行利益は排除されていた。

3  仮に原告今朝男の運行支配・運行利益が全面的に排除されていなかつたとしても、前記1(一)(二)の事実からすれば、亡潔と原告今朝男は共同運行供用者である。そして共同運行供用者間においては、被害者たる運行供用者と他の運行供用者との具体的運行に対する支配の程度態様を比較して、いずれがより直接的、顕在的、具体的かによつて自賠法三条の「他人」であることを主張できるか否かが決せられるべきところ、前記1(二)の事実からすれば、本件事故当時、原告今朝男の運行支配が亡潔のそれよりも、より直接的・顕在的・具体的であつたとはいえず、むしろ亡潔の方が原告今朝男よりはるかに直接的・顕在的・具体的に事故車の運行を支配していたのであるから、亡潔は原告今朝男に対し自賠法三条の「他人」には当らない。

4  亡潔と被告祐二間では、同被告は運転を担当していただけで、亡潔のみが運行を支配し且つ運行利益が帰属していたのであるから、亡潔のみが運行供用者であるというべく亡潔は被告祐二に対して自賠法三条の「他人」たる地位にはない。

六  被告大正海上の主張に対する原告ヨシ子の答弁及び主張

1  右主張は争う。

2  事故車は、原告今朝男が登録名義人かつ自賠責保険の契約者であり、日常原告ヨシ子が通勤用に使用していたが、原告今朝男が全く使用しなかつたわけではない。また亡潔は、本件事故の数時間前に事故車に同乗することになつたので、原告今朝男の運行支配・運行利益は排除されていたとはいえない。

3  亡潔は、事故車の運行供用者ではなく、被告祐二、原告今朝男に対しては「他人」である。

即ち、亡潔は、勤務先の寮に居住していたので、日常事故車を使用することなく、休日両親宅に帰宅した際に原告らが未使用の場合使用することがあつたにすぎない。また本件事故当時、亡潔は泥酔していたのであるから、事故車に対する直接的・顕在的・具体的支配は全く喪失していた。そうでないとしても被告祐二もしくは原告今朝男の運行支配の方が亡潔のそれよりも、より直接的・顕在的・具体的であつた。

4  仮に亡潔と原告今朝男が共同運行供用者としても、事故車に対する亡潔と原告今朝男の運行供用の割合は、左記事実からすれば一対九であり、亡潔の死亡による損害賠償請求権は右割合によつて決すべきであるところ、被告大正海上に対する保険金請求額は金一五〇〇万円で、全体の二分の一以下であるから、右運行供用の割合をもつてしても右金一五〇〇万円から減額されるいわれはない。

(1) 事故車は日頃原告今朝男宅に駐車され、休日に原告らが未使用のとき亡潔が使用し、その余は原告らが使用していた。

(2) 原告らと亡潔は同居していない。

(3) 事故車の税金・保険料その他の諸経費は、全て原告今朝男が負担していた。

5  「他人性」に関する主張

自賠法三条の「他人」とは、自己のために自動車を運行の用に供する者及び当該自動車の運転者を除くそれ以外の者をいい、当該自動車の同乗者も含まれる。「運行供用者」という法的用語は、被害者救済のために考案された概念であつて、その運行により生命または身体を害された「他人」(被害者)と相対関係にあり、その被害の賠償の責に任ずる地位に立つ者をいうのであるから、「運行供用者」に該当するかどうかは、被害者があつてはじめてその該当性が考えられるものであり、被害者を前提としない「運行供用者」の如きは法的に無意味である。

そもそも、被害者の保護救済を立法趣旨とする自賠法三条は、損害賠償の責に任ずる運行供用者以外の者を総称するために「他人」と述べているにすぎないから、被害者側に運行供用者概念をあてはめたり、「他人」の解釈如何によつて保護されるべき被害者の範囲を限定してはならない。しかも自賠法は、任意の対人賠償保険のようにいわゆるフアミリー的免責規定を全く設けていない。

これを本件についていえば、亡潔は、本件事故による被害者であつて、運行供用者に対して賠償を請求しうる立場にありこそすれその逆ではないから、運行供用者性を云々する余地はない。

第三証拠〔略〕

理由

一  本件事故の発生

請求原因1のうち、昭和五一年六月二八日午前零時二五分頃、本件事故現場において、被告祐二運転の事故車が橋の欄干に激突し、同乗中の亡潔が負傷して同年八月一六日死亡したことは当事者間に争いがないところ、いずれも成立に争いのない甲第三号証の一、二、同第四号証、同第一六、第一七号証、同第二〇号証、乙第一号証の一及び四によれば、被告祐二は、亡潔ら友人四人と飲酒したあと一緒に「ラーメン」を食べに行くため、皆の同乗する事故車を運転し、本件事故現場附近の国道四号線(制限時速四〇キロメートル)を時速約七〇キロメートルで走行中、右友人の誰かから「運転が下手だ」などとからかわれて時速約一〇〇キロメートルに加速し、走行したため、道路及び中央分離帯の彎曲個所にさしかかつた際、ハンドル操作の自由を失なつて事故車を蛇行反転逸走させ、その前部左側(助手席附近)を中央分離帯に設けられた橋の欄干に激突させ、これにより、助手席に同乗中の亡潔が膀胱破裂・骨盤骨折等の傷害を負い、原告主張のとおり死亡するに至つたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

二  責任原因

1  被告祐二について

後記3記載のとおり、亡潔は被告祐二に対し、自賠法三条の運行供用者責任を問うことはできないが、前記一の各事実によれば、本件事故は被告祐二の過失によつて惹起されたものと認められるので、同被告は民法七〇九条に基づいて損害賠償の責任を負うべきである。

2  亡高橋博について

亡博が被告祐二の父であること、同被告が本件事故当時満一九歳の未成年者であつたことは当事者間に争いがないところ、前掲甲第一六、第一七号証、同第二〇号証、いずれも成立に争いのない同第一八、第一九号証、被告高橋たけ、同高橋祐二各本人尋問の結果によれば、被告祐二は無免許運転、放火未遂、窃盗等による数回の非行歴を有し、本件事故当時も保護観察処分中であつたが、他面、昭和五一年一月からは叔父の経営する八百屋に再び店員として勤め、配達等の仕事の必要上同年六月一七日(本件事故の約一〇日前にあたる)普通第一種運転免許を取得したもので、父博は右のような被告祐二の非行歴を憂慮し、飲酒や夜間外出をしないよう同人に常々注意を与えていたことが認められ(これに反する証拠はない)、被告祐二が既に成年に近く右のように就職もしていることに鑑みれば、親権者である父博に、同被告に対する監督義務の懈怠があり且つその懈怠の故に本件事故が発生したもの(相当因果関係の存在)とは直ちに認めがたく、他にもこれを認めるに足りる的確な証拠はないから、亡博に対する原告らの請求はいずれも理由がないものというべきである。

3  被告大正海上について

(一)  請求原因4(一)の事実は当事者間に争いがなく、前掲甲第一六、第一七号証、いずれも成立に争いのない乙第一号証の二ないし四、証人加藤俊弥、同加藤俊章の各証言、原告松野今朝男本人尋問の結果によれば次の事実が認められる。

事故車は、原告今朝男が購入し、同人が他の二台の所有車とともに自宅の庭に駐車保管し、週日には妻であり電報電話局員の原告ヨシ子(亡潔の母)が通勤の用に使用していたが土曜(隔週)、日曜には、隣町のハム製造工場で住込(寄宿舎)稼働中の亡潔が休みで右親許に戻つてきて、事故車を使用して中学同窓の友人等との交遊に時を過ごすのを常としていたもので、事故車には、亡潔の若者らしい趣味で、同人がフオグランプ、ドアミラー、動物(豚)の鳴き声のするクラクシヨン、ラジアルタイヤ等を取り付けていた。

本件事故の前日である昭和五一年六月二七日(日曜日)も、亡潔は、事故車を運転し、遊び仲間の黒沢健次、加藤俊章及び遠藤高明を同乗させて、夜、白石市内のスナツク「くみ」に行き、同人らに誘い出されて午後八時半頃同店に来た被告祐二も遊びの仲間に加わつて、皆でビールを飲むなどして午後一一時頃まで過ごした後、こんどは黒沢の運転でスナツク「けやき」に行き、そこでもビールを飲んだ。そして、午後一一時五〇分頃、五人はそろつて「けやき」を出、事故車の助手席に亡潔が、後部座席に遠藤、黒沢及び加藤が、運転席に被告祐二がそれぞれ乗り込んだが、こんどは空腹を満たすため蔵王町宮の道産子ラーメンを食べに行こうという話になり、被告祐二の運転で出発し、その途中、国道四号線を進行中午前零時二五分頃本件事故を惹起した。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(二)  以上認定のような本件事故発生の経緯及び態様ならびに事故車の日常の管理及び使用の状況等よりすれば、本件事故当時において、事故車につき運行の支配と利益を有していたのは、被告祐二であると共に亡潔であつて、両者はいわば共同運行供用者の関係にあり、また、原告今朝男も亡潔と共に右運行の支配及び利益を有し、共同運行供用者の関係にあつたものと認めるのが相当である。

(三)  ところで、原告ヨシ子は、本件事故につき、自賠法三条による保有者の損害賠償責任が被告祐二について、そうでないとしても原告今朝男について発生したものである旨を主張して、被告大正海上に対し同法一六条に基づく自賠責保険金の直接請求をしている。

しかし、同法三条により自動車保有者が損害賠償責任を負うのは、その自動車の運行によつて「他人」の生命又は身体を害したときであり、ここに「他人」とは、自己のために自動車を運行の用に供する者及び当該自動車の運転者を除くそれ以外の者をいうものと解されるところ、亡潔は、自身、被告祐二ないし原告今朝男と共同の運行供用者であると認めるべきこと前叙のとおりであつて、尤も、このような共同の運行供用者間の損害賠償請求においても、賠償義務者と名指しされた運行供用者(被告祐二ないし原告今朝男)による運行の支配が、その程度態様において被害者(亡潔)によるそれよりも、より直接的・顕在的・具体的であると認められるときは、右被害者は右賠償義務者に対し同法三条の「他人」であることを主張することが許されるものの、そのように認められない限りは右「他人」であることの主張は許されないものと解するのが相当である。

しかるところ、叙上認定の諸事実に徴して、本件事故時における被告祐二による事故車の運行支配と、亡潔によるそれとを、その程度態様において比較検討しても、前者が後者に比べて、より直接的・顕在的・具体的であつたとは直ちに認めがたく(亡潔が原告主張のように泥酔していたと認めうる証拠はなく、同人が助手席に乗り込んでいた事実に照らしても、同人による運行支配の程度態様は、被告祐二のそれと比較して、むしろ甲乙はないものであつたと認めるのが相当である。)、また、原告今朝男による運行支配についても、亡潔によるそれよりも、より直接的・顕在的・具体的であつたとは認めるに足りない(かえつて、同原告は亡潔を介して間接的・潜在的・抽象的に運行を支配していたにすぎないと認められる。)から、亡潔は、被告祐二ないし原告今朝男に対して自賠法三条にいう「他人」であることを主張することが許されないというべきである。

のみならず、被告祐二については、同人を保有者と認めるに十分でないものと考えられる。すなわち、自賠法二条により、「保有者」とは自動車の所有者その他自動車を使用する権利を有する者で、自己のために自動車を運行の用に供するものをいう、とされているところ、「本件事故の前日(六月二七日)に原告今朝男が被告祐二に事故車を貸与した」旨の同原告作成にかかる被告大正海上宛の自動車貸与証明書(乙第二号証)は作為的な内容虚偽の文書であることが原告松野今朝男本人尋問の結果によつて明らかであり、他にも、事故車について被告祐二が使用の権利を有したことを認めるに足りる的確な証拠はない(亡潔自身が日ごろ事故車を運転することは原告今朝男の許容するところであつたにしても、それを超えて、前認定のごとく深夜酒に酔つた未成年の若者同士が事故車を乗り廻すことに対して、所有者の原告今朝男が、黙示的もしくは事後的にもせよ許諾を与えるものとは直ちに認めがたく、原告松野今朝男本人尋問の結果をもつてしてもいまだこれを肯認することはできない。また、亡潔が、右のような状況のもとにある被告祐二に対して、原告今朝男の意思に反してでも事故車の運転を許諾しうる権限を有したとは認めがたい。)。

(四)  以上と異なり、運行供用者と被害者との法概念は相容れないとし、また、共同運行供用者間の損害賠償請求については各供用者による運行供用の割合によつて損害賠償の額を定めるべきであるとする原告の主張は、いずれも採用しがたいところである。

(五)  そうすると、本件事故について、被告祐二及び原告今朝男はいずれも、亡潔に対し、自賠法三条による保有者の損害賠償責任を負わないものというべきであるから、右損害賠償責任の成立を前提とする原告ヨシ子の被告大正海上に対する請求は理由がない。

三  前記二1記載のとおり、被告祐二は民法七〇九条に基づき損害賠償の責任を負うべきところ、亡潔は同行の友人三名とともに被告祐二を誘い出して仲間に入れ、深夜まで共に飲酒したうえ、酒気を帯び且つ運転技倆の点も免許取得直後で十分とはいえない同被告に事故車の運転を委ね、自ら助手席に同乗したものであつて、亡潔には少なくともその際同乗を見合わせて損害の発生を避けるべき注意義務の違反があつたというべきであるから、被害者の過失としてこれを斟酌し、損害賠償額の四割を減ずるのが相当である。

四  損害

1  亡潔の逸失利益

成立に争いのない甲第一号証、証人加藤俊弥の証言により成立を認めうる同第九号証、及び同証言によれば、本件事故当時、亡潔が満一九歳の独身の健康な男子であり、明治ケンコーハム株式会社東北工場に勤務していたこと、同会社は定年の五五歳まで毎年昇給し、亡潔が勤務した場合の二〇歳から五五歳まで三六年間の一ケ月当りの給与、年間の夏季及び冬季賞与の見込額は別表A、B、C欄記載のとおりであることが認められ、右認定に反する証拠はない。

亡潔が独身であつたことからして、同人の生活費として五〇パーセントを控除し、各年毎に、収入合計額からホフマン方式によつて年五分の中間利息を控除すると、年齢四〇歳の時が八八万二六九五円、年齢四八歳の時が八七万三二〇四円である他は別表E欄記載のとおりであり、合計二九六二万〇八〇八円となる(円未満切捨)。

成立に争いのない甲第一〇、第一一号証によれば、亡潔の法定相続人は母である原告ヨシ子と父である原告今朝男であるが、原告今朝男は仙台家庭裁判所大河原支部に相続放棄の申述をし、昭和五一年一〇月一九日右申述が受理されたことが認められ、右認定に反する証拠はない。従つて、右認定の亡潔の逸失利益に基づく損害賠償請求権は原告ヨシ子が相続したものである。

2  治療費

成立に争いのない甲第五、第六号証に弁論の全趣旨を総合すれば、亡潔は本件事故による受傷のため、宮城県蔵王町の大泉医院、東北大学附属病院でそれぞれ治療を受け、原告ヨシ子は右治療費として合計金一〇万〇一〇〇円を負担支出したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

3  葬儀費用

弁論の全趣旨によれば、原告ヨシ子は長男である亡潔の死亡による葬儀費用を負担支出したことが認められるところ、亡潔の年齢、境遇等からすれば、葬儀費用として損害賠償を命ずる額は金三〇万円が相当であると認められる。

4  原告らの慰藉料

原告らが長男である亡潔の死亡により多大の精神的打撃を受けたことは推察に難くないところ、本件事故の経緯及び態様、被害者にも過失があること、その他本件の諸般の事情を斟酌すると、被告祐二が原告らに対して賠償すべき慰藉料の額は、原告らにつき各金一八〇万円をもつて相当と認められる。

5  物損

前掲乙第一号証の一、原告松野今朝男本人尋問の結果及びこれにより成立を認めうる甲第一五号証によれば、事故車は本件事故により大破し、使用修理が不能となつたこと、本件事故当時の事故車及び付属部品の時価査定価格は金三八万円であることが認められ、これに反する証拠はないから、被告祐二は事故車の所有者である原告今朝男に対し、事故車の損壊による損害賠償金として金三八万円を支払うべき義務がある。

6  右1ないし3の亡潔の逸失利益、治療費、葬儀費用の合計額は金三〇〇二万〇九〇八円となるところ、前記三の過失相殺により、被告祐二が賠償すべき額は金一八〇一万二五四四円(円未満切捨)である。

よつて、被告祐二は、原告ヨシ子に対し右金一八〇一万二五四四円と慰藉料金一八〇万円との合計金一九八一万二五四四円、原告今朝男に対し右慰藉料金一八〇万円と物損による金三八万円との合計金二一八万円及びこれらに対する亡潔の死亡の日である昭和五一年八月一六日から各完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

五  そうすると、原告らの本訴請求は、被告祐二に対し、原告ヨシ子が金一九八一万二五四四円、原告今朝男が金二一八万円の各損害賠償金及びこれらに対する亡潔の死亡の日である昭和五一年八月一六日から各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、被告祐二に対するその余の請求及びその余の被告らに対する請求はいずれも失当としてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 櫻井敏雄 今井理基夫 藤村真知子)

別紙 〈省略〉

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